第七話

W A T A R I   N O   S H O N E N

荷袋には、急ぐ手紙と、急がない手紙がある。

川下の呉服商への返事は、急がない。納期は遅れます、と自分で言っている手紙だからだ。急ぐのは、もう一通。噂と競争している方だ。

雪は、二日で景色の色を変えた。峠でひとひらだったものが、いまは道の両脇に、脛の高さで積もっている。

(目的の町まで、およそ半刻。積雪による遅れ、半日相当)

『うん』

半日。噂との差が、それで縮んだのか開いたのかは、分からない。噂は雪の上を歩かない。人の口から口へ、囲炉裏から囲炉裏へ渡っていく。

歩きながら、口の中で言葉を並べ直す。焼けた、から言うか。生きている、から言うか。

町の入り口に、人が集まっているのが見えた。

少年は、すこしだけ歩を速めた。

人だかりは、雪かきの手を止めた者たちだった。真ん中に、風呂敷を背負った行商がいる。

「——だから、山向こうの村がひとつ、焼けたんだと」

「どこの村だ」

「知らんよ。粉を挽く村だとか、聞いたが」

「生き残りは」

「さあ。皆殺しだの、皆逃げただの……噂ってのは、都合のいい方に転がるからな」

少年は、その外側を黙って通った。

訂正して回るのは、渡りの仕事ではない。この知らせを最初に受け取るべき人は、決まっている。

「粉の村から嫁に来た人の家は」

雪かきの女に訊くと、女は妙な顔をして、それから路地の奥を指した。

「……あんた、まさか」

返事をせずに、頭だけ下げて歩いた。

路地の奥の家は、戸が半分開いていた。土間の奥で、歩き覚えの子が桶につかまって立っている。その向こうに、女がいた。竈の前で、火を見ずに立っていた。

噂は、この家にも着いている。火を見ない立ち方で、分かった。

女が振り向いた。少年の蓑の雪と、荷袋を見た。口が動いて、声が——出なかった。

言葉の順番は、決めてあった。

「——生きています」

女の膝が、すこし落ちた。框に手をついて、立て直した。

「お兄さんも、お母さんも、生きています。……渡りです。文を、預かってきました」

渡りです、が最後になった。順番は、それでよかったと思う。

女は框に座って、封を切った。読むのは速かった。指が一度だけ止まった。——左腕が上がらん、のあたりだと、位置で分かった。

読み終えて、もう一度読んだ。それから畳んで、帯にはさんだ。すぐに取り出せる場所に。

「……種、って」

女は言った。

「春に、麦の種を送ってくれって、それだけ」

「畑は、お母さんが起こしはじめています。ぼくが発つ朝も、起こしていました」

「見たの」

「見ました」

女は、框の木目を見た。

「銭でも米でもなく、種って言うんだ、あの人は」

それから、立ち上がった。

「春まで待てない分だけ、渡りの。頼まれてくれる」

奥から出てきたのは、油紙の包みだった。膝に貼る膏薬だという。文の代わりに、これを。

「母さんの膝、前のままなんでしょう。手紙に書いてあった」

「はい」

「なら、前のままにしとかない」

受け取って、荷袋に納めた。急がない荷が、ひとつ増えた。

「返事は」

「書いたら、長くなる。……それだけ渡して。あとは、春に種を送るから、って」

町を出るころ、人だかりはもう散っていた。噂は明日には別の形になって、囲炉裏を渡っていくだろう。どこの村か。誰が生きて、誰が死んだか。噂は、そこを運ばない。

噂は先に着いた。けれど、届いてはいなかった。

(次の目的地——川下の町。経路、峠は不要です)

『うん。急がないやつだ』

雪は、やんでいた。

(第七話 了)

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