第七話
荷袋には、急ぐ手紙と、急がない手紙がある。
川下の呉服商への返事は、急がない。納期は遅れます、と自分で言っている手紙だからだ。急ぐのは、もう一通。噂と競争している方だ。
雪は、二日で景色の色を変えた。峠でひとひらだったものが、いまは道の両脇に、脛の高さで積もっている。
(目的の町まで、およそ半刻。積雪による遅れ、半日相当)
『うん』
半日。噂との差が、それで縮んだのか開いたのかは、分からない。噂は雪の上を歩かない。人の口から口へ、囲炉裏から囲炉裏へ渡っていく。
歩きながら、口の中で言葉を並べ直す。焼けた、から言うか。生きている、から言うか。
町の入り口に、人が集まっているのが見えた。
少年は、すこしだけ歩を速めた。
*
人だかりは、雪かきの手を止めた者たちだった。真ん中に、風呂敷を背負った行商がいる。
「——だから、山向こうの村がひとつ、焼けたんだと」
「どこの村だ」
「知らんよ。粉を挽く村だとか、聞いたが」
「生き残りは」
「さあ。皆殺しだの、皆逃げただの……噂ってのは、都合のいい方に転がるからな」
少年は、その外側を黙って通った。
訂正して回るのは、渡りの仕事ではない。この知らせを最初に受け取るべき人は、決まっている。
「粉の村から嫁に来た人の家は」
雪かきの女に訊くと、女は妙な顔をして、それから路地の奥を指した。
「……あんた、まさか」
返事をせずに、頭だけ下げて歩いた。
路地の奥の家は、戸が半分開いていた。土間の奥で、歩き覚えの子が桶につかまって立っている。その向こうに、女がいた。竈の前で、火を見ずに立っていた。
噂は、この家にも着いている。火を見ない立ち方で、分かった。
女が振り向いた。少年の蓑の雪と、荷袋を見た。口が動いて、声が——出なかった。
言葉の順番は、決めてあった。
「——生きています」
女の膝が、すこし落ちた。框に手をついて、立て直した。
「お兄さんも、お母さんも、生きています。……渡りです。文を、預かってきました」
渡りです、が最後になった。順番は、それでよかったと思う。
女は框に座って、封を切った。読むのは速かった。指が一度だけ止まった。——左腕が上がらん、のあたりだと、位置で分かった。
読み終えて、もう一度読んだ。それから畳んで、帯にはさんだ。すぐに取り出せる場所に。
「……種、って」
女は言った。
「春に、麦の種を送ってくれって、それだけ」
「畑は、お母さんが起こしはじめています。ぼくが発つ朝も、起こしていました」
「見たの」
「見ました」
女は、框の木目を見た。
「銭でも米でもなく、種って言うんだ、あの人は」
それから、立ち上がった。
「春まで待てない分だけ、渡りの。頼まれてくれる」
奥から出てきたのは、油紙の包みだった。膝に貼る膏薬だという。文の代わりに、これを。
「母さんの膝、前のままなんでしょう。手紙に書いてあった」
「はい」
「なら、前のままにしとかない」
受け取って、荷袋に納めた。急がない荷が、ひとつ増えた。
「返事は」
「書いたら、長くなる。……それだけ渡して。あとは、春に種を送るから、って」
*
町を出るころ、人だかりはもう散っていた。噂は明日には別の形になって、囲炉裏を渡っていくだろう。どこの村か。誰が生きて、誰が死んだか。噂は、そこを運ばない。
噂は先に着いた。けれど、届いてはいなかった。
(次の目的地——川下の町。経路、峠は不要です)
『うん。急がないやつだ』
雪は、やんでいた。
(第七話 了)