第六話

W A T A R I   N O   S H O N E N

約束から六日目の朝、風に雪の匂いが混じりはじめた。

(気温、低下中。初雪まで、およそ半日)

焼けた村への坂を上がって、少年は足を止めた。

焼け跡が、痩せている。

黒い梁が減っていた。倒れたのではない。運ばれたのだ。蝶番、鍋、戸の金具——金物のたぐいが、灰の中から拾い尽くされている。

(前回の観測との差分:大型の廃材九本、金属類の大半が欠落)

『……夜に、来たのかな』

(記録がありません)

生きるために拾ったのか、売るために奪ったのか。灰の上には、どちらとも書いていない。

納屋の戸は、閉じたまま。縄は、結わえ直されている。

まだ、いる。

「渡りです」

戸の縄がほどかれるまでの間が、前より短かった。開けたのは婆で、その後ろの藁の上に、男が身を起こしていた。

納屋の中は、広くなっていた。寝床の藁が、二人分しか敷かれていない。

「女の人たちは」

「発ったよ。従姉の家が、子ごと引き受けてくれるそうでね」

婆の手の甲に、土がついていた。爪のあいだにも。畑を起こしはじめた手だ。婆は立ち上がるとき、膝に手をついた。

「約束の、返事を」と少年は言った。

男は右手で藁を払って、座り直した。傷は塞がりかけている、と婆が言った。熱も引いた。男は、左腕で示そうとして——肩から先が、上がらなかった。

「……こうだ」

男は右手で左腕を持ち上げて、見せた。

「治った。だが、担げん」

粉屋は、袋を担ぐ仕事だ。石臼を回す仕事だ。

誰も、その先を言わなかった。

少年は矢立を出した。紙を板の上に伸べる。

「いいか、そのまま書いてくれ」と男は言った。「飾るなよ」

「飾れません。下手なので」

男が、ふ、と息だけで笑った。

「——村は、焼けた。おれと母さんは生きている。母さんの膝は、前のままだ」

婆——母さんだ——が、土間の隅で音を立てずに座り直した。

「みんな、散った。生きて散った。……祭りには、来るな。いまは、見せられるものがない」

男は一度、口を閉じた。左腕を、右手で膝に置き直した。

「『左腕が上がらん』と書いてくれ。怪我をした、じゃなく。そのままだ」

少年は、そのまま書いた。

「それから——」

男は焼け跡の方を、壁越しに見るような目をした。

「春に、麦の種を送ってくれ。畑は、母さんが起こしはじめてる。……以上だ」

読み返しを聞くと、男はうなずいて、名の代わりに、親指で墨を押した。

発つ前に、少年はもう一度、焼け跡の前に立った。

梁のなくなった場所に、雪がひとひら、落ちて消えた。

『なあ。縁者のいない人は、どこへ行くの』

(記録にある行き先——寺。市の日雇い。それから先は、記録が途切れます)

途切れた先を、少年は知らない。ただ、帳簿に載らない者の行き先なら、ひとつだけ知っている。

自分だ。拾われた側の。

拾われなかった側が、夜の灰の中から、鍋と蝶番を運んでいった。

(初雪です。積もる前に、峠を越えられます)

『うん。……すこし、急ぐ』

急がないのが渡りだと、年かさの渡りなら言うだろう。それでも急いだ。悪い知らせは手紙より足が速い。なら、ぜんぶ知っているこの手紙を、噂より先に届けてやりたい。

三つ先の町まで、雪が追いかけてくる。

荷袋の中で、春の約束が、一枚だけあたたかい。

(第六話 了)

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