第四十五話
帰りの道は、覚えのある道だった。行きに刻んだ覚えを、逆から読んでいった。
松林を抜けると、岩壁に白い筋が見えた。塩の、採り場の跡だった。鑿の痕は、冬に見たままだった。袋の塩はまだ重かった。取らずに、通った。
冬至の晩を過ごした岩屋を、一晩借りた。奥にあった前の旅人の枝は、自分が燃やして使った。こんどは、道々で拾った枝をひと束、奥の乾いたところに立てて出た。渡りの習いだった。
村の跡は、春の顔をしていた。屋根の雪は消え、雪の下だった畑に畝のかたちが現れて、去年の草が倒れたまま乾いていた。戸はどれも、枝をかませたまま閉まっていた。自分が固くかませ直した枝も、そのままだった。あれから誰も、戸に触れなかったのだった。昼のうちに、村の跡を抜けた。
*
尾根をひとつ越えると、道の下に畑が見えた。妹の村だった。
昼、村に入った。畑に出ていた女が、手を止めた。婆の言伝を届けた、あの家の女だった。
「……渡りか」
冬の戸口と、同じ問いだった。
「南へ、戻る途中です」
家に上げられ、鉢が出た。盛りは、冬と同じ高さだった。女は火のむこうに座って、フィアハが食うのを黙って見ていた。それも、冬と同じだった。目が一度だけ、土間に立てかけた弓へ行った。弓のことは、訊かれなかった。
発ち際、フィアハは荷袋から干し肉をひと束出して、上がり框に置いた。なにも、言わなかった。女はそれを見て、手に取った。なにも、言わなかった。
戸口を出るとき、女が言った。
「上の姉に。——こっちも、漬けた、と」
「たしかに」
預かりものが、ひとつ、できた。荷は、すこしも重くならなかった。
*
山をふたつ、下った。枝束のしるべは、雪のない道の上で、すこし傾いて立っていた。
夕方、川に出た。
音が、先に来た。冬に渡った岩場は、幅を変えていた。あのとき脛までだった水が、石の頭を半分呑んで、白く走っていた。雪解けの水だった。
フィアハは岸に立って、長いこと水を見た。石の並びを目でたどり、流れの速いところと緩いところを分けた。読めたのは、そこまでだった。渡れるかどうかは、読みの外にあった。
渡らないと、決めた。
荷を下ろして火を焚き、湯を沸かして、干し肉を戻した。
『朝、渡る』
(はい)
水の音の中で、眠った。
*
夜明けに、目が覚めた。川の音が、夕べより低かった。水は、細くなっていた。夜のあいだ、山の雪は解けるのをやめるのだった。
弦は、懐に入れた。荷を高く負い直し、紐を締めた。
石をひとつずつ、選んで渡った。水は脛の上まで来て、それより上には来なかった。冷たさは、冬のものだった。真ん中の速いところでは、足の裏に石の丸みを感じながら、三歩を長く使った。
対岸の岩に上がって、足を拭いた。乾くまでは、歩かない。
北の山は、川のむこうで、もう遠かった。足が乾いてから、立ち上がった。道は川を離れて、南へ下っていた。
歩き出した。
(第四十五話 了)