第四十三話
熱が抜けると、体は日ごとに戻った。はじめの朝は、薪を三度に分けて運んだ。次の朝は、二度になった。男はもう、取り上げなかった。何日目かには、割るほうもした。斧を振ると、脇腹が痛んだ。それでも、割れた。
水を汲み、皮の枠を拭き、罠の見回りについて歩いた。山の道は雪が消えてぬかるみ、泥が、別の歩き方をさせた。男の踏むところを踏んでいくのは、冬と同じだった。歩くと脇腹はまだ痛んだが、痛みは日ごとに軽くなった。罠には、なにも掛かっていない日のほうが多かった。男はそれを、気にもしなかった。
椀は、いつの間にか二杯になっていた。傷の当て物は女房が替えていたが、それも自分の手に戻った。布を解くたび、傷は色を薄くしていった。
晩、男が土間で矢を直していた。羽の抜けたのを外して新しいのを挿げ、糸で根を巻いて、指で回して確かめる。曲がりのある矢柄は火にかざし、目の高さに透かして、手の中でゆっくり矯めた。フィアハは上がり口に腰かけて、その手を見ていた。冬に、かんじきの結びを見たのと同じ場所だった。犬が、足もとに伏せていた。そこが、いつもの場所になっていた。
男が一本を直し終えて、次を取った。その間に、言った。
「弓を、教えてください」
男は手を止めなかった。返事は、なかった。訊き返しも、しなかった。次の矢が火にかざされ、透かされ、矯められた。その晩は、それきりだった。
翌朝、水を汲んで戻ると、土間の壁に、弓がもう一張り掛かっていた。男のより、ひとまわり小さく、握りの革が黒く摩れていた。弦は、外してあった。男は、もう山に出たあとだった。
下ろさなかった。まだ、渡されていなかった。用のたびに、壁の前を通った。そのたび、そこにあった。夕方、山から戻った男が、壁からそれを下ろして、よこした。
*
張り方から、始まった。男は弓の下端を足の甲で押さえ、体を入れて曲げ、上の輪に弦を掛けた。ゆっくり、二度やって見せた。同じようにやると、弓はしならなかった。腕で曲げるあいだは、駄目だった。体の重さを預けると、曲がった。三日目に、張れた。
はじめのうちは、矢をつがえずに、引くことだけをした。肘の高さと足の開きは、男が指で示して、直させた。引き手をつける頬の場所も、男は自分の顔を指して教えた。引き分けると、左の脇腹が引きつれた。引きつれは、日ごとに浅くなった。傷の治りを、弓が測った。
的に向かうのは、仕事の合間だった。男は毎日は見なかった。通りがかりに、肘だけ直していく日もあった。
藁の束を、的にした。放った弦は、左の腕の内側を払った。続けるうちに、そこが青くなった。男が見て、革の切れをよこし、腕に巻かせた。引く指の腹には、弦の跡がついた。跡は、日ごとに固くなった。
矢は、はじめ藁のずっと手前で土を叩いた。次には、上を越えた。外した矢は、そのたび拾いに歩いた。拾いに歩く歩数が、日ごとに減った。はじめて藁に立った矢は、小さく揺れていた。抜くのに、手間取るほど深かった。
朝、弦を張る。夕、外す。雨の日は張らず、的を休んだ。それが日々の形になった。的の藁の向こうに山が見えて、雪の際が、日ごとに上へ退いていった。
(第四十三話 了)