第四十一話
朝は、来た。眠りは、来ないままだった。
フィアハは、起きて、荷を負った。体は、動いた。殺した場所から離れたい、と足が思っていた。それだけで、動いた。
(きょうも、見ています)
声が、言った。夜のものだった言葉が、朝に来ていた。フィアハは、頷いただけだった。
歩き出すと、脇腹の傷が、一歩ごとに引きつれた。夜のあいだに固くなっていて、朝の最初の何歩かが、いちばん痛かった。
昼まえ、沢のそばで足を止めた。
(傷を、洗ってください。それから——その葉ではなく、となりの。ぎざぎざのある方です)
言われたとおりに、葉を摘んだ。揉んで、傷に当てた。葉は、ひんやりと貼りついた。布で、縛った。声は、葉の名を言わなかった。形で言うのだった。葉を替えるのが、朝の仕事にくわわった。
道は、下りになった。日は、また長くなっていた。歩ける時間は、日ごとに縮んだ。休む回数が、ふえた。坂で、息が切れた。荷は同じ重さのまま、重くなった。
泥の道で、フィアハは自分の足あとを見た。まっすぐ歩いているつもりで、跡が片側に寄っていた。傷をかばう体の傾きが、跡に出るのだった。跡を読む目は、自分の跡も読んだ。
風が薮を鳴らすたび、フィアハは振り向いた。
(人では、ありません)
そのたびに、声が言った。獣の音にも、鳥の音にも、振り向いた。一度は、鳴りが大きくて、体が勝手に沢のほうへ寄った。
(鹿です。二頭)
鹿の姿は、見もしなかった。振り向く間は、すこしずつ延びた。恐怖は、すこしずつ、うしろへ下がるのだった。
晩は、火を焚いた。湯を沸かし、干し肉を戻した。すこし、食えた。
夜は、浅く眠った。目を閉じると、崖の口に戻ることがあった。目を開けると、火が小さくなっているのだった。眠りは、浅いままだった。それでも、来るようになった。
『おやすみ』
(はい。見ています)
*
いくつか目の朝、立ち上がるのに、時間がかかった。
布を替えると、当てた葉が乾いて、濃い色になっていた。傷のまわりが、赤くなっていた。触ると、傷より広く、熱かった。
歩けた。ただ、あと何日も歩ける体では、なかった。
水を多く飲んだ。日のあるうちに、谷を下りると決めた。下りは、傷にひびいた。足あとの寄りが、ふだんより深くなった。
谷の形に、見覚えが出てきた。冬に、かんじきで歩いた谷だった。雪のない谷は、はじめて見る顔をしていた。
煙が、見えた。
(第四十一話 了)