第二十八話

W A T A R I   N O   S H O N E N

集落をあとにしてから、道はまた静かになった。振り返っても、煙はもう見えなかった。

同じ朝が、いくつか続いた。

熾から火を起こし、湯を飲み、輪を見にいく。獲れる朝と、獲れない朝があった。獲れた朝は、雪の上で始末をして、鳥の分を残した。獲れない朝は、輪をほどいて、先へ進んだ。どちらの朝も、発つまえに燃えさしを残した。荷のいちばん上は、手紙のままだ。

晴れた日と、降る日があった。降る日は、芯を足で探しながら歩いた。風の強い日は、早めに野営を決めた。無理は、どの日にもしなかった。夕には、藪ぎわに輪を掛けてから火を入れた。順は、いつからか決まっていた。獲れた朝の皮は、晩に枠へ張った。枠は、ふたつになった。切れた紐は、晩の火のそばで結び直した。手が全部を覚えていて、考えることは、日ごとに減っていった。同じ朝でも、明るくなるのが、わずかに早くなった。

土地は、ゆっくり変わった。

長かった下りが尽きて、道は平らになった。木立の奥から、水の音が届くようになった。凍りきらない川が、どこかを流れているのだった。一度、道が川に寄った。黒い水が、雪の下を音だけで流れていた。松のあいだに、白い幹の木が混じりはじめた。皮が紙のようにめくれる木だった。聞かない鳥が、鳴くようになった。獣の足あとにも、見慣れない形が混じった。川の音は、一日で聞こえなくなった。

芯の道は、切れては続いた。人にも、煙にも、会わなかった。

その晩は、月がなく、星だけが多かった。凍てた枝が、たまに鳴った。

火に枝を足して、少年は横にならずに座っていた。めずらしいことだった。火は、よく燃えていた。組み方を変えてから、消えかけることが減った。

『……最初の晩の火を、覚えてるか』

(記録に、あります)

『どんな火だった』

(小さい火でした。夜のあいだに、いちど消えかけました。あなたが枝を足して、朝まで保ちました)

そうだった。あの晩は、火が消えないかだけを考えて、眠りに落ちた。いまは、組んでしまえば朝まで考えない。いつからそうなったのかは、思い出せなかった。

『よく見てるな』

(見ることは、できます)

続きは、来なかった。少年は、すこし待ってから、横になった。息が、火の明かりのなかで白く立ちのぼった。

『今夜も』

(はい)

つぎの朝も、同じ朝だった。

輪は、空だった。ほどいて、進んだ。そのつぎの朝は、獲れた。始末は、考えずに済んだ。塩は、獲れた朝だけ、肝に使った。皮は、また一枚、晩に枠へ張った。

晩に、干し肉の包みを開いて、残りを目で見た。厚みは、減っていた。塩の袋も、軽くなっていた。それでも、兎の分だけ、減りはゆっくりだった。荷へ戻すとき、枠の皮に手が触れた。乾ききって、太鼓のような音がした。

かんじきの紐がゆるんで、晩に結び直した。猟師の家の結びを、手が覚えていた。

何度目かの夕、行く手の山なみが変わった。高い峰が尽きて、低い山が遠くまで続いていた。そのぶん、空が広かった。山なみの低くなるほうへ、芯はまっすぐに続いていた。白い幹の木は、いつのまにか松より多くなっていた。

雪が、ちらつきはじめた。急ぐ雪ではなかった。野営の支度は、雪より先に済んだ。晩は、兎と干し肉と、松の内皮の汁だった。いつもの味に、なっていた。湯気が、まっすぐに立った。風のすくない夕だった。

火のそばからも、空の広いのが分かった。

(第二十八話 了)

感想を送る

読んでくださって、ありがとうございます。
感想は作者に直接届きます(サイトには公開されません)。お名前の記入は任意です。