第二十七話
夜のあいだに、風が出ていた。朝の火は灰をかぶって、熾が奥に残っていた。枝を足すと、煙が低く流れた。
輪を見にいくと、掛かっていた。二匹目の兎だった。もう、動かなかった。最初のより大きく、冬毛の白に灰色がすこし混じっていた。始末は、雪の上で手早く済んだ。手が順を覚えていて、迷う間がなかった。内臓のいくつかは、雪に残した。鳥の分だった。
包みは、荷袋へ入れた。いちばん上は、手紙のままだ。硬く縮んだ皮も、荷の脇に括り直した。布の包みがふたつになって、荷はすこし重くなった。重さは、悪いものではなかった。朝は湯だけにして、火を消し、燃えさしを残して発った。
*
昼まえ、道の様子が変わりはじめた。足あとが増えた。人のもの、犬のもの。新しいのも、古いのもあった。足あとは、みな芯の上を通っていた。人も犬も、同じ道を選ぶのだった。道ばたに、伐り株が並ぶようになった。切り口はどれも古かったが、数が多かった。だれかが、長く薪を採ってきた場所だった。
雲が薄れて、日が透けはじめた。芯は、もう探さなくても足に当たった。
(このさきに、集落があります)
少年は、足を止めた。訊くまえに、声が言ったのだった。
(記録に、あります)
少年は、しばらく立っていた。それから、歩き出した。歩調は、変えなかった。
木立が切れると、下りの先に屋根が見えた。数えるほどの家から、煙が立っていた。煙の匂いが、道までうすく届いた。声の言ったとおりに、あった。
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いちばん外の家の庭先に、年寄りがいた。木の枠に、獣の皮を張っていた。軒下には張り終えた皮がいくつも並んで、乾いた色をしていた。綿入れの肩に、皮の粉が白くついていた。少年は足を緩めて、手つきを目で追った。
年寄りが、顔を上げた。少年は、荷から兎の皮を出して見せた。丸めて乾かした皮は、硬く縮んだままだった。
「……巻いたな」
年寄りはそれだけ言って、枠をひとつ、あごで示した。皮の縁に浅い切りを入れて、紐を通し、枠に張る。乾くまで、そのままにする。切りの入れ方だけ、少年の皮の縁で、一度やって見せて、皮を返してよこした。深さと、間隔だった。少年は、しゃがんで見た。二度は、要らなかった。
礼のかわりに、少年は庭の薪を運んだ。割られたままの薪が、壁ぎわに散らばっていた。三往復で、済んだ。積み終えるころ、年寄りが言った。
「北へか」
「北東へ」
それきり、なにも訊かれなかった。年寄りは、もう皮のほうを向いていた。
*
集落の中へは、入らなかった。道は縁をなぞって、また木立へ入っていった。家々のあいだから、斧の音がした。犬が、遠くで鳴いた。子どもの声も、したようだった。柵の杭が、雪から頭を出していた。
だれかがこちらを見たかどうかは、分からなかった。少年も、探さなかった。音は、しばらく背中についてきた。木立に入ると、消えた。少年は、だれとも話さずに通った。話す相手は、いた。
*
夕、芯からすこし外れた根方に、火を入れた。四度目の野営の支度は、もう考えなくてよかった。罠も、掛けた。獣の道は、すぐに見つかった。
晩は、兎の肉と松の内皮の汁にした。塩は、指先でひとつまみだった。
食べたあと、兎の皮に浅い切りを入れた。教わった深さと、間隔にした。枝で組んだ枠に張ると、皮は丸まらずに、ぴんと張った。火のわきに立てておくと、風がすこし、そちらで止まった。
夜は、よく晴れた。冷えて、星が近かった。木の鳴る音は、遠かった。
『今夜も』
(はい)
枠の皮が、夜風に、小さく鳴った。
(第二十七話 了)