第二十四話

W A T A R I   N O   S H O N E N

あくる日から、家は煙の匂いになった。

板の間に並んでいた肉は、囲炉裏の上の棚へ移された。火は小さく保って、煙の出る枝を選んでくべる。それを絶やさないのが、その日の仕事だった。棚の下を、煙がゆっくり登っていった。肉のあいだを抜けて、屋根の煙出しへ消えた。

女房が棚の肉を裏返して、乾きの遅いものを火の真上へ寄せた。どの肉から乾くのか、女房の手は迷わなかった。少年も、裏返す側に加わった。触ると、外は乾いていて、芯にまだ柔らかさが残っている。裏返す指が、それを覚えた。肉は乾くほどに細くなって、色が深くなっていった。汁には、干せない端の肉が入った。

合間には、水を汲んで、薪を割った。頼まれてする仕事は、ひとつもなかった。誰も、なにも言わなかった。言うことが、ないのだった。一日は、裏返すたびに進んだ。

夜も、棚の下では火が生きていた。煙の匂いは、着物にも髪にも染みた。

弦は外されて、弓は壁に戻っていた。

二日目の昼、干しの番を女房に任せて、猟師が少年を裏の林へ連れて出た。手には、細い縄と小刀があった。息が白く立つと、少年は襟の中へ吐いた。

雪の浅い木立に、獣の通う細い道があった。猟師は道の上へ張り出した枝を選んで、縄を結び、輪を吊るした。獣の頭の通るところに、輪が来るのだった。掛け終えると、猟師は半歩下がって、輪と道とを見比べた。それで、終わりだった。

孤児院で覚えた兎の輪と、形は同じだった。高さが、違った。南では、地面から拳ひとつに掛ける。ここでは、雪の面から測って、それより高い。雪はこれからまだ深くなる、ということらしかった。

猟師が場所を譲った。少年は同じ道の先に、ひとつ、自分で掛けた。手順は、体に残っていた。手は南の高さを覚えていた。猟師はそれを黙って見て、指で示して、直させた。直ったのは、高さだけだった。

直した輪は、雪あかりの中で、ほとんど見えなくなった。帰りは、来た跡を踏んで戻った。

三日目の朝、発つ支度をした。外はまだ薄暗く、土間は囲炉裏の火だけが明るかった。

女房が土間で、干した肉を布に包んでいた。使い古した、柔らかい布だった。差し出されて、少年は両手で受け取った。道中の分、という重さだった。頭を下げると、女房はもう、棚の肉を裏返しに戻っていた。

荷袋を開けて、包みを手紙の下に入れた。いちばん上は、手紙のままだった。荷袋は、来たときよりすこし重くなっていた。犬が土間の隅から、支度を見ていた。

戸口で、少年は借りていた古いかんじきを外した。返すつもりで、二つ揃えて差し出した。猟師は、受け取らなかった。少年の顔と足もとを順に見て、それきりだった。

少年はかんじきをもう一度履いて、紐を足首まで結び直した。結び終えて顔を上げると、猟師はもう、薪の山のほうへ歩き出していた。

家を出ると、来た日に登り返した道を下りた。下りは、速かった。かんじきの下で、雪が固く鳴った。

犬がついてきた。誰も、呼び戻さなかった。犬は雪を嗅いでは先へ出て、また戻ってきた。息が、白く流れた。

道がゆるくなったあたりで、犬は止まった。それから、雪の上に座った。

そこが、この家の境らしかった。

少年も止まって、犬を見た。犬は座ったまま、動かなかった。少年は向き直って、歩いた。

振り返ると、木立の上に家の煙が見えた。人は、見えなかった。

しばらく行くと、道は北へ向いた。歩くたび、着物から煙の匂いが立った。

(北東まで——残り、およそ十五日)

『うん』

雪の上に、輪の跡がついていく。自分の足あとは、すこし違う形になっていた。それが、北へ向かって続いていった。

(第二十四話 了)

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