第十話
七通は、村ごとに減っていった。
「正月は戻らんそうです」と伝えた家では、婆さまが「ご苦労さん」とだけ言って、竈の火を見た。
二つ目の村では、受け取った女房が、文を裏返して、また表に返した。
「……読んでもらえるかい」
「はい」
読んだ。息子が町で年を越すこと。年が明けたら、銭を送ること。女房は聞き終えて、文を胸元にしまった。
「読める渡りは、助かるね」
銭袋は変わらず重く、荷袋は日ごとに軽くなっていく。軽くなるほど、残った荷が、はっきりしてくる。
(残る宛先:峠下の村、機屋の集落。ほかに、膏薬と北東)
『うん』
雪の低地道を、二日半歩いた。
*
三度目の坂は、雪の坂だった。
上がりきって、少年は足を止めた。
雪が、黒い梁を白く覆っている。
(この地方の服喪の風習は、死者が出た家が——)
『知ってる』
掲げる家が、なかった村だ。いまは、村のぜんぶに、白がかかっている。
風が止むと、村は音のない白になった。動いているのは、降る雪だけだった。
畑は、雪の下にあった。それでも畝の形が、雪を持ち上げて、まっすぐ並んでいる。起こした土は、雪の下でも、畑だった。
焼け跡の脇に、橇の跡がひとつ、山の方へ伸びていた。新しい跡だった。
(無事な屋根、三。人の気配、納屋に二)
『うん』
*
納屋の戸に、縄は掛かっていなかった。
「渡りです」
戸は、すぐに開いた。
「……よく戻ったね」
婆の後ろで、男が藁の上に身を起こした。
「文は」
「届きました。読んで、もう一度読んで、畳んで——帯にはさみました。すぐに出せるところに」
男は右手で、藁をひとつかみ、握って放した。
「それから、これを」
少年は膏薬の包みを出した。
「文の代わりに、と」
婆は受け取って、すぐには開けなかった。包みの結び目を、指でなぞった。
「膝は、前のままにしとかない——って、言っていました」
「……あの子が」
「はい。それから、春に種を送るから、と。……お子さんが、桶につかまって、立っていました」
婆は膏薬の包みを、一度胸に当ててから、膝の上に置いた。
「粉は」と少年は男に訊いた。
「臼は回る」と男は言った。「袋は、母さんと半分ずつだ」
「畑も、見ました」と少年は言った。「畝が、雪の下で、まっすぐでした」
「……見たか」
「見ました」
男は、ふ、と笑った。今度は、すこしだけ声が出た。それから、右手で藁を直した。
「あしたの朝、峠の方へ行きます。機屋さんへの返事を、預かっているので」
「……峠は、雪だぞ」
「はい。脛の上まで、と聞いています」
男は、それきり何も言わなかった。
夕餉は、三人で囲んだ。芋の粥に、婆は少年の椀へ、黙ってもう一杯を足した。
その晩、婆は膏薬をひとつ、竈の火で温めて、膝に貼った。薬の匂いが、藁と竈の匂いに、すこしだけ混じった。寝るまでのあいだに、二度、貼ったところを手で確かめた。
*
発つ朝、婆は少年の蓑の紐を、黙って結び直した。それから蒸かした芋を三つ、荷袋に押し込んだ。断る間もなかった。
「峠下の村に、寄ります」と少年は言った。「読んで聞かせる約束の文が、あるので」
「そうかい」と婆は言った。「……いい渡りだ」
村を出るとき、少年は一度だけ振り返った。
白のかかった村と、雪の下の畝と、細い煙がひとすじ。
(峠下の村まで、半日)
『うん』
道の上を、橇の跡が、先に行っている。
(第十話 了)