第十話

W A T A R I   N O   S H O N E N

七通は、村ごとに減っていった。

「正月は戻らんそうです」と伝えた家では、婆さまが「ご苦労さん」とだけ言って、竈の火を見た。

二つ目の村では、受け取った女房が、文を裏返して、また表に返した。

「……読んでもらえるかい」

「はい」

読んだ。息子が町で年を越すこと。年が明けたら、銭を送ること。女房は聞き終えて、文を胸元にしまった。

「読める渡りは、助かるね」

銭袋は変わらず重く、荷袋は日ごとに軽くなっていく。軽くなるほど、残った荷が、はっきりしてくる。

(残る宛先:峠下の村、機屋の集落。ほかに、膏薬と北東)

『うん』

雪の低地道を、二日半歩いた。

三度目の坂は、雪の坂だった。

上がりきって、少年は足を止めた。

雪が、黒い梁を白く覆っている。

(この地方の服喪の風習は、死者が出た家が——)

『知ってる』

掲げる家が、なかった村だ。いまは、村のぜんぶに、白がかかっている。

風が止むと、村は音のない白になった。動いているのは、降る雪だけだった。

畑は、雪の下にあった。それでも畝の形が、雪を持ち上げて、まっすぐ並んでいる。起こした土は、雪の下でも、畑だった。

焼け跡の脇に、橇の跡がひとつ、山の方へ伸びていた。新しい跡だった。

(無事な屋根、三。人の気配、納屋に二)

『うん』

納屋の戸に、縄は掛かっていなかった。

「渡りです」

戸は、すぐに開いた。

「……よく戻ったね」

婆の後ろで、男が藁の上に身を起こした。

「文は」

「届きました。読んで、もう一度読んで、畳んで——帯にはさみました。すぐに出せるところに」

男は右手で、藁をひとつかみ、握って放した。

「それから、これを」

少年は膏薬の包みを出した。

「文の代わりに、と」

婆は受け取って、すぐには開けなかった。包みの結び目を、指でなぞった。

「膝は、前のままにしとかない——って、言っていました」

「……あの子が」

「はい。それから、春に種を送るから、と。……お子さんが、桶につかまって、立っていました」

婆は膏薬の包みを、一度胸に当ててから、膝の上に置いた。

「粉は」と少年は男に訊いた。

「臼は回る」と男は言った。「袋は、母さんと半分ずつだ」

「畑も、見ました」と少年は言った。「畝が、雪の下で、まっすぐでした」

「……見たか」

「見ました」

男は、ふ、と笑った。今度は、すこしだけ声が出た。それから、右手で藁を直した。

「あしたの朝、峠の方へ行きます。機屋さんへの返事を、預かっているので」

「……峠は、雪だぞ」

「はい。脛の上まで、と聞いています」

男は、それきり何も言わなかった。

夕餉は、三人で囲んだ。芋の粥に、婆は少年の椀へ、黙ってもう一杯を足した。

その晩、婆は膏薬をひとつ、竈の火で温めて、膝に貼った。薬の匂いが、藁と竈の匂いに、すこしだけ混じった。寝るまでのあいだに、二度、貼ったところを手で確かめた。

発つ朝、婆は少年の蓑の紐を、黙って結び直した。それから蒸かした芋を三つ、荷袋に押し込んだ。断る間もなかった。

「峠下の村に、寄ります」と少年は言った。「読んで聞かせる約束の文が、あるので」

「そうかい」と婆は言った。「……いい渡りだ」

村を出るとき、少年は一度だけ振り返った。

白のかかった村と、雪の下の畝と、細い煙がひとすじ。

(峠下の村まで、半日)

『うん』

道の上を、橇の跡が、先に行っている。

(第十話 了)

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